経済的に自立している女性に憧れます!

私が憧れる女性像は、結婚しても経済的に自立している女性です。憧れるというよりもむしろ羨ましいと思う女性かもしれません。

私は今現在専業主婦ですが、仕事をしていないということにどこかしら後ろめたさのようなものを感じながら日々を過ごしています。専業主婦が悪いと思っているわけではないのです。ただ、社会から取り残されているような感覚が嫌なのかもしれません。

結婚して、子どもを産んでも自分の仕事をきっちりこなしている女性を見ると、単純に「カッコいいな~」と思ってしまいます。その裏には両立する難しさと葛藤する苦しさがあるのかもしれませんが、だからこそ尚更その強さが輝いて見えるのかもしれませんね。

私の勝手な思い込みなのかもしれませんが、経済的に自立していれば、旦那から「俺が食わせてやってるんだ!」的な圧迫を感じることもなく、全てにおいて対等な立場でいられるっていう強みもあると思うのです。もちろん専業主婦も家の中のこと全般を受け持っているのですから、それはそれで大変なことだし凄いことだとは思っていますよ。

よく「女性の敵は女性」って言われると思うんですけど、そんな人にだけはなりたくないっていう強い思いがあります。世に出ていこうとする女性の常に味方になれるような、そんな女性に憧れます。

永遠の憧れオードリーヘップバーン

オードリーヘップバーンに憧れています。
オードリーはゴージャスなドレスを着ていても、カジュアルな服でも、彼女独特の気品が漂っています。

誰の言葉だったか忘れてしまいましたが、「服に着られてはだめ。自分が服を着るのよ!」という、オシャレの名言のようなものがあります。
自分よりも服の方が目立っていては、カッコ悪いという意味のようです。
だけど服にも気を使わなくてはダメだし、平凡なわが身は戸惑うばかりですが、すばらしい言葉だと思います。

オードリーはまさに服に着られない人、自分で服を着こなしていた人だと思います。
なぜオードリーは服にこだわりつつも、服に着られなかったのか。
それは彼女がファッション以上に、人生に対してひたむきだったからだと思います。

そんなオードリーの美意識から学ぶことは沢山あります。
シンプルな上質さを大切にして、自分の顔立ちや体格を受け入れ生かすことを考える、それが、私がオードリーから学んだことです。

だから私が彼女のスタイルを真似たって、意味がないことはわかっているのですが、真似をしたくなるのがファンの心情というものです。
真似て良かったこともあるけれども、メイクでは大失敗してしまいました。
私は普段ノーメイクですが、メイクアップする機会があったので、(エラが張っているから(顔の形がベース型だから)、オードリー風メイクが似合うに違いない)
と思ってしてみたら、全然ダメです。

全体が変だったのですが、特に可笑しかったのが眉です。
私の眉は眉尻が下がっているので、オードリーのような太眉にしたら、一の字ならぬ、八の字眉になってしまいました。
ファンとは愚かなものです。オードリー風メイクは諦めます。

いつかは憧れられる女性になりたい

私が今憧れている女性は二人いますが、いつかは私自身が誰かから憧れられる女性になりたいと思っています。そのためには自分磨きをやめずにひたすら続ける必要があるので自己啓発本を参考にしています。

元々私は自己啓発関係の書物が大好き。こういう自分を成長させる類いの本は数え切れないほど読んできました。いちいち購入していたのでは生活ができないため図書館を利用して自分のためになりそうな本はじっくり読み込んできました。自分を成長させたいと思う気持ちが強いんだと思います。

私が現在憧れている女性のひとりはヨガの講師です。ヨガ歴12年の私ですが、憧れているヨガ講師はヨガをやっていてよかったと心から思えるステキな女性です。初めはこの女性の身体の柔らかさに憧れてヨガを続けていましたが、現在はその女性とヨガを通して同じ時間を過ごしていることに幸せを感じています。

いつかはこの女性のようなステキな女性になるのが私の目標なのです。

綺麗に年齢を重ねている女性が私の憧れです

私も40歳を過ぎ、年齢のことが気になりようになってきました。
周りを見渡しても若いころはみんなそれなりに同じように可愛かったのに、ある程度の年齢を超えると差が出てくるように思います。

そんな中、私がいつも憧れている女性が一人います。
その方は私よりも10歳ほど年上ですが、非常に綺麗に年齢を重ねていらっしゃると言うのがとてもよくわかります。
変に若作りをしている人は周りに、意外とたくさんいます。
若いことが美しいと思っている方は、いかに若く見せるかが重要なのでしょう。

しかし私が憧れている女性は、一切若作りをしているわけではありません。
ですが内側からあふれ出るような、美しさがあります。
お話を聞いてみると、日々とても丁寧に生活されているのがとてもよくわかります。

当たり前のことを当たり前のようにすることが、いかに大切であるかがその方を見ているとよくわかります。
当たり前のように起きて、当たり前のように自分で食事を作って食べる。
そんな当たり前の積み重ねができる女性に、私もなりたいと思っています。

理想的な年齢の重ね方

最近知って、素敵だなぁと思っているのは井上保美さんです。45Rのデザイナーさんで、ご自身のスタイルブックも拝見させていただいたのですが、これがとってもかっこいいんです。私はアラサーなので井上保美さんとは三十歳以上も年齢が離れているため、すべての着こなしが真似できるわけではないのですが、こういうのがだんだんと似合ったらいいなと思うのです。

年齢の重ね方と、その年齢での着こなし方が理想的だなと思うのです。白髪が混ざった黒髪を染めることなく、「白髪は前から私の憧れ」と言い、さらっとそれが彼女に馴染んでいて、それもまた素敵です。自然なんですよね。頑張っておしゃれしているというより、それがしっくりと馴染んでいるんです。さすがデザイナーさんだなと思います。

また、自宅がとても素敵なんです。私が大好きな大正ロマンで和洋ミックスの落ち着く空間づくりをされていて、そんなところもまたセンスがいいなぁと思うのです。こんな人、本当に憧れてしまいます。

毎日を丁寧に細やかに

よく行く図書館で何気なく取ったその書籍から、ファンになったのが内田彩仍さんです。毎日が忙しいと、すべてのことが大雑把になりつつありますが、そんな生活はもう大人なんだから改めなきゃと内田さんを見ていると思います。

毎日が丁寧で細やかなんです。派手でお金をかけているというわけではなく、一つ一つを丁寧に生活しているのが内田さんを見ていると伝わってきます。愛用品を慈しみながら、お手入れしたり、お裁縫をしたり。家族や友人にプレゼントする贈り物もさらっと一工夫されていて、センスがいいのです。

また、おそらくですが四十か五十歳近くなのかなとも思うのですが、どこか少女っぽく、ふんわりと可憐なイメージがあり、そんなところもまた可愛らしいなと思っています。こんな風に毎日を丁寧に生活できたら、きっと心にも余裕が生まれて、豊かに生きれるんだろうなと思うのです。すぐに難しいですがちょっとずつ意識して、毎日を丁寧に生活していきたいです。

彼女らしさに憧れ

私の憧れの人は菊池亜希子さんです。モデルさんなのですが雑誌の編集長をやられていたり、得意のイラストを使った本を出されていたり、もちろん本業のモデルや女優のお仕事もやられていたりと、マルチに活躍されている方なのです。

私は彼女のちょっと個性的なところがすごく、すごく好きなのです。「自分に合わない服を着ることができない」と思われてから、自分の活躍する場所を見つけるまでに色々ご苦労もされたみたいですが、そういうモデルさんだからすべての物を着こなそうとしない潔さもかっこよく映ります。

私自身、彼女が着こなすテイストのすべてが好きで真似したいというわけではないのですが、見ていて素敵だと思うし、少しだけ取り入れたいと思うのです。なにせ、彼女の髪型はマッシュルームカットなんですから。真似しようたって難しいおしゃれなのです。真似できない彼女らしいおしゃれに、生き方、それにとても憧れています。私もちょびっとだけ彼女に近づけたらなと日々頑張っています。

憧れの女性は元会社の上司のような女性

憧れの女性はと聞かれたら、すぐに思い浮かぶのは元会社の上司の女性です。

以前アパレルの販売員として働いていたことがあります。そのときの上司がとても素敵な方で、退職した今でも憧れの存在です。同じ女性目線で見て、外見も中身も憧れの対象です。
外見はスラリと背が高く、170センチ以上でまさにモデル体型です。どんな洋服を着てもとてもかっこよく様になっていたのが憧れと共にうらやましく思いました。

そのスタイルはもちろん顔だちも整っていて、職場の男女共にだれもが認める美人でした。道を歩いているとオーラが違います。同じ女性であっても、一緒に歩けるのが自慢に思えるくらいの方でした。

外見同様に、中身も魅力的な方でした。どんなときも仕事に対してまっすぐで、センスも抜群で、厳しくも優しくもありました。
こんなに外見も中身も素敵な女性は今も昔もほかに知りません。きっとこれからさきもあこがれの女性でいつづけるのだと思います。

心の余裕が大事

心に余裕があって思い遣りがあり遊び心も忘れない、こんな女性に私は憧れます。
何をするにも心の余裕が大事だと思います。思い遣りなんて特にそうで、自分の中の何かに心のスペースが占領されていると、人を思い遣ったりすることが難しくなります。

お仕事では出来るんですよね。もしくは友達と会っている時など。これが相手が家族だったり恋人だったりするとついつい甘えが出てしまって思い遣れず、不機嫌になったり適当に相手をしてしまったり。もっとひどい時は道路ですれ違う時に避けてくれなかった人にものすごくイライラしてしまったり。相手の為にも自分の為にもやはり心に余裕があるというのは大事だなと思います。

穏やかに余裕をもって生活するだけでも十分素晴らしいしハードルが高い事だと思えますが、やはりそれだけではつまらないというか味気ないというか。相手も自分もより楽しい生活をするには、私はそこにユーモアがどうしても欲しくなってしまいます。

相手が疲れている時はフッと笑って心のガスが抜けるような、楽しい時は更に楽しくなるような。決して大事でなく小さな事で良いので、心を和らげられる遊び心は持ちたいなと思うのです。これも思い遣りのひとつなのかもしれません。

「いつかなりたいな」ではなく今からなれる様に、持続出来て自然に出来る様になれる様に自分を磨いていきたいなと思います。

若い頃は外見だけの憧れだった

若い頃は女優さんの外見だけを見て「ああなりたい」と思ったりしていました。
しかし学生ではなくなり、自分が社会に出るようになってからの憧れの女性像は変わってきたのです。

裏表なく誰にでも平等に接することができ、気分屋ではない人です。それは私とは正反対の人で、正反対だからこそ憧れるのです。
そういう人は皆に好かれますし、人も寄ってきます。自分がそうはなれないから憧れてしまい、いいなぁと思うのです。

多分彼女にも苦手だなと思う人がいると思います。しかしそれを表面に出さないで上手にやっていけているのは憧れというよりも尊敬に値します。
若い頃は思わなかった、外見以外への憧れというものが社会人になって理解できるようになるとは思いませんでした。

自分に余裕のある人は自然と外見も整ってくるようで、自分も他人も大事にしていて平等に接することができるというのは本当にすばらしいことだと思いますしこれからも彼女を見習っていきたいと思っています。